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岡山地方裁判所 昭和45年(む)681号 決定

主文

原裁判を取消す。

理由

一、本件抗告の申立理由は、別紙記載〈省略〉のとおりである。

二、本件一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  児島警察署は、柴田賢一の窃盗被疑事件につき捜査中、同人から、被疑者が、昭和四五年一一月二日頃、十川忠隆から拳銃二丁を、同年二月頃、同人から実砲約一五発を各譲受けているのを目撃した旨の供述を得、同年一二月一八日、被疑者に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被疑事件につき、児島簡易裁判所に対し、逮捕状の発布を請求し、同日、同簡易裁判所裁判官から逮捕状が発布されたこと、

(2)  為季警部補を班長とする児島警察署の捜査員八名は、同月一九日午前七時頃、倉敷市福江一六六八番地被疑者方に赴き、三名の警察官が被疑者方にはいり、横山博巡査部長が、被疑者に対し、「拳銃の用件じや、署迄来てくれ」と言つて同行を求めたところ、被疑者は「電話してくれれば出て行くのに、風が悪い」「ほんなら、すぐ行かあ」等といい、朝食をせずに、同署の普通乗用自動車に自ら進んで乗車し、横山巡査部長が運転し、妹尾強巡査が同乗して、同日午前七時三〇分頃、児島警察署に到着したこと、他の警察官は、捜索差押許可状に基き、直ちに被疑者方を捜索したが、拳銃は発見されず、捜索は午後〇時三〇分頃終了したこと、右同行を求めた際、横山巡査部長は逮捕状を所持していたこと、

(3)  横山巡査部長は、妹尾巡査と共に、同日午前七時三〇分頃から、児島警察署宿直室(和室)において、直ちに被疑者の取調べに着手したが、被疑者は、拳銃の不法所持の事実は、全く覚えのないことであるとして否認し、拳銃の実砲の不法所持については同日午前一一時頃自供するに至つたこと、

(4)  同巡査部長は、午前一一時四五分、被疑者に対し、逮捕状を執行し、同月二一日午前九時三〇分、岡山地方検察庁に送致する手続がなされ、同日午後二時四〇分、岡山地方裁判所に対し、勾留請求がなされたこと、

(5)  岡山地方裁判所裁判官渡辺温は、同月二二日、被疑者は、同月一九日午前七時頃被疑者方で警察官から同行を求められ自動車にて連行された時点において実質的には逮捕されたと認められること、仮に右時点で逮捕されたと解し得ないとしても児島警察署において、取調べを受けはじめて約一時間を経過した遅くとも同日午前八時三〇分頃には逮捕されたものと解すべく、従つて、検察官に対する送致手続がなされたのが、同月二一日午前九時四〇分であるから、右逮捕手続は刑事訴訟法二〇三条一項に違反した違法なものであるとの理由で、右勾留請求を却下したものであること、

三、(1) そこで、先ず、原裁判の言う如く、被疑者が同行を求められた時点で逮捕状態におかれたか否かにつき検討する。

逮捕とは、実力を用いて身体を拘束することであるが、必ずしも施錠したり、縛束する等の身体の直接的拘束をする必要はなく、要は実力で行動の自由を奪うことをもつて足るものと解せられるが、被疑者が、警察官から同行を求められて児島警察署に連行された際の状況は、前記(2)の事実に明らかなように早朝、朝食もせずに警察官二名と同署の自動車に同乗したとはいえ、被疑者は、格別逃走する気配もみせず、自から進んで右自動車に乗車したものであり、同乗した警察官一名は運転の任に当り、他の一名が後部座席に被疑者と同乗したにすぎず、右連行の態様に照らし、未だ実力による身体の拘束がなされたものとは認め難く、右時点において被疑者が逮捕された状態にあつたと解する原裁判の判断は相当でない。

(2) 更に、横山巡査部長が、被疑者を取調べた後、逮捕状を執行する迄の間に、被疑者は実質的に逮捕された状態にあつたと解すべきか否かにつき検討する。

元来、逮捕状は、裁判官の許可状であつて、捜査官としては逮捕状の発布を得ているからといつて、逮捕しなければならない義務があるわけではなく、その執行については捜査官の自由裁量に委されているのである、しかも逮捕行為は、被疑者の身体を拘束しその自由を奪うものであるから、その執行に当つては極力慎重に配慮さるべきは論をまたず、さりとて一方では法は、逮捕後は身柄拘束の時間的制約をおき、身体の拘束を必要最少限度に止めるよう措置しているのであるから、いたずらに逮捕状の執行を遅らせ、法の右趣旨を潜脱するような事態を避けるべきことも当然である。

これを本件についてみると、横山巡査部長が逮捕状の発布を得ていたのにかかわず、被疑者を連行後直ちに逮捕しなかつた理由は、本件の端緒となつた目撃者が窃盗被疑者であつて、同巡査部長が直接取調べておらず、かつ目撃者自身も拳銃を手に取つて見たのでもないこと、および極めて精巧な拳銃玩具が市中に相当数出廻つていること、加えて拳銃が押収されておらないこと、関連被疑者の身柄が確保されていなかつたこと、など各般の事情を考え併せ、被疑事実について十分被疑者に問いただし、逮捕状の執行を努めて慎重に行なおうとしたためであることが認められる。

一般に、拳銃、実砲等の不法所持事犯については、当該物が現存押収されていない限り事件としては成立しないものと言えるし、またこの種事犯の捜査においては関連被疑者の身柄確保を同時並行して行うのが望ましいとも言えるから、横山巡査部長の右の配慮は、極めて慎重な態度であつたと認められ、これをもつてことさら逮捕の時間的制的を潜脱するため逮捕状の執行を遅らせたものとは到底目し難いと考えられる。

しかも、取調の場所は、調室ではなく、署の宿直室であり、妹尾巡査同席のもとに横山巡査部長が事情を聴くようなかたちで行ない、数名の警察官が被疑者を取り囲み取調べるなど被疑者の身体の自由を奪うような状況でなされてもおらず、被疑者自身も格別自由を奪われ拘束されていると認識していなかつたことも認められるのであるから、右の状況をもつて実力で被疑者を拘束していたものとみることは到底できず、逮捕された状態にあつたとは解しがたい。

かかる状態下に被疑者は約四時間おかれていたのであるけれども、右時間の長短のみをとらえて被疑者の拘束の有無を判定する基準とすることは妥当でなく、むしろその実質に即して判定すべきものと考えるところ、前記のような慎重な配慮をした根拠となる事項につき十分な心証を得んがための時間として右程度の時間はあながち長きに失するものとも言い難いものがある。

そして午前一一時過に至り、被疑者の否認の態度よりみて同人が拳銃不法所持事犯を犯しているとの心証を強く持つに至つた横山巡査部長は、関連被疑者の身柄もようやく確保されたとの情報の入手を契機に、以後は強制捜査に切りかえることが至当と判断し、前示のように逮捕状の執行にふみ切つたものと認められ、これらの判断につき当を失したものがあるとは認めがたい。

以上のとおり被疑者が逮捕状の執行を受けるまでの間、実質的に見て逮捕されていたと認められる状態にあつたものとは認めがたいので、被疑者が連行されてのち遅くとも一時間程度を経過した午前八時三〇分頃以降は、被疑者は実質的に逮捕されていたと認められる状態にあつた、とした原裁判は事実を誤り評価しているものと言う外はない。

(3) 右の如く、被疑者は、同日午前一一時四五分に逮捕状の執行を受ける迄の間、実質的に逮捕されたことはないのであり、警察官は、右逮捕状執行後、前記二の(4)のとおり、刑事訴訟法二〇三条一項の制限時間内に検察官に対する送致手続をなしているので、逮捕手続に違法はない。

四、本件一件記録によれば、被疑者が罪を犯したと疑うに足る相当の理由があると認められ、更に、被疑者は犯行を否認しておること、被疑者及び関係人が暴力団関係者であること、本件拳銃が差押られていないこと等に照し、罪証を隠滅すると疑うに足る相当の理由があり、かつ勾留の必要性があると認められる。

五、以上のとおり、本件勾留請求を却下した原裁判の判断は相当でなく、結局本件準抗告の申立は理由があるので、刑事訴訟法四二六条二項、四三二条を適用して主文のとおり決定する。(黒川四海 谷口貞 古性明)

【参考 原裁判】

主文

本件勾留請求を却下する。

被疑者の釈故を命ずる。

理由

先ず一件記録中に存する通常逮捕手続書には被疑者は昭和四五年一二月一九日午前一一時四五分頃児島警察署内において逮捕され、同月二一日午前九時三〇分関係書類等とともに岡山地方検察庁検察官に送致する手続がなされた旨の記載がある。

右の点に関し被疑者から事情を聴取したところ、被疑者は同月一九日午前七時頃一〇名位の驚察官の来訪を受けて児島警察署への同行を求められ、まだ朝食を済ませてなかつたが、そのまま警察の乗用車に二名の警察官と同乗のうえ出頭し、他の警察官は被疑者方の家宅捜索に着手した、同日午前七時二〇分頃から同署宿直室において三名の警察官から取調を受け、本件勾留請求に係る被疑事実のうち、第二の事実は認めたが、第一の事実については全く身に覚えのないことであると否認し続け、午前一一時四〇分頃に至つて逮捕状の執行を受けた、なお右逮捕状の執行を受けるまでの過程で取調警察官に対し格別帰宅したい旨の意思表示をなしたことはないというのである。

そこで被疑者に同行を求めて取調を行ない、逮捕状を執行した警察官から更に事情を聴取したところ、右警察官も被疑者の前記供述中、被疑者方を訪れた警察官の数が七、八名であること、児島署への到着時間が午前七時二五分か三〇分頃であること、また取調警察官の数は二名であること、それから第二の事実を被疑者が認めるまでに一時間か二時間位を要したという点を除けば、被疑者の供述と一致する供述をしているほか、被疑者方を訪れた際は逮捕状を所持しており、もし被疑者が逃亡の構えを見せれば逮捕するつもりであつたこと、逮捕状を執行するまで時間を要したのは被疑者が第一事実について否認し、確信がもてなかつたためであると供述しているのである。

されば右の経緯に鑑み被疑者に同行を求めて逮捕状を執行するに至るまでの取調につき果して任意のものといえるか否かについて検討するに、被疑者および前記警察官の各供述を総合すれば、先ず被疑者は一九日早朝七、八名以上の多数の警察官の来訪を受けてまだ朝食も済ませていない段階で同行を求められており、しかもそのうち大部分の警察官は直ちに被疑者方の家宅捜索に着手していること、しかも被疑者には知らされていなかつたとはいえ、同行を求めた警察官は逮捕状を所持しており、もし被疑者が逃走の構えを見せればいつでも執行する態勢にあつたこと、そして被疑者を警察に同行するに際しては二名の警察官が同乗のうえ警察の車両で同行が行なわれたことが認められるのであるる。

果して右のような状況のもとで被疑者に同行を求めた場合においては、被疑者に対する有形無形の心理的圧迫を考慮するならば、たとえ被疑者が表面上異議なく同行の求めに応じたとしても、任意の点につき疑いをさしはさまざるを得ず、なお同行後の取調状況を検討するに、取調開始以来逮捕状執行に至るまで四時間余を経ており、しかも後述のとおり右の如く逮捕状の執行を遅らさなければならなかつた合理的事由が存せず、結局のところ右の四時間余の経過が時間かせぎと見られてもやむを得ないものであるという事情が存する本件場合においては、被疑者に対し、同行を求めた午前七時頃の時点において実質的に逮捕が行なわれたと言わざるを得ない。

ところで被疑者に対し既に逮捕状の発付を得ていても、被疑者が否認するような場合においては直ちに逮捕状を執行することなく、しばらく被疑者を取調べた上で逮捕状を執行するというケースが往々に見受けられるのであるが、もとより右の措置が逮捕状の不当な執行を避けんがために行なわれているに止まる場合にはむしろ妥当の措置と称することができるであろうが、然しながら右の目的を逸脱して法の定める制限時間を超えんがため、これが行なわれている場合においてはこれを黙過することは許されないと言わねばならない。

これを本件についてみるに、前述のとおり取調開始以来四時間余を経て逮捕状を執行しているのであり、右の如く逮捕状の執行を遅らせた事情について取調警察官は被疑者が第一の事実を否認したため、確信がもてなかつたからであるというのであるが、被疑者の弁によれば第二の事実については当初から卒直に認めていたというのであり、従つて直ちに逮捕状を執行するについて特別の障害はなかつたと言えるのみならず、たとえ、第一事実について被疑者が否認し、これがため確信がもてなかったとしても本件の如く、被疑者が当初から一貫して全く身に覚えのないことであると否認している場合においては、三〇分ないし一時間程度被疑者から弁解を聞くに止まるべきであつて、なお逮捕状の執行に疑問が残るのであれば、被疑者の取調以外の他の適宜の方法によつて事実の有無について確信をもてるよう努めるべきで、漫然と右の限度を超えて何時間も被疑者を取調べたうえで逮捕状を執行することは許されないというのほかはないところ、前記取調警察官においては右の点について格別努力した形跡も認められないのである。従つて前述のとおり取調開始以来四時間余にわたつて逮捕状の執行を遅らさなければならなかつた合理的事由は存せず結局のところ右の四時間余の経過は時間かせぎと見られても致仕方ないと思料されるのである。

以上の次第で被疑者は一九日午前七時頃被疑者方において逮捕されたものと見るべく、仮に前記の被疑者から合理的な弁解を聞くに必要な時間を控除したとしても遅くとも同日午前八時三〇分頃には逮捕されたものと見るべく、果して然らば右被疑者について警察官に送致する手続がとられたのは二一日午前九時三〇分であるから、本件逮捕は刑事訴訟法二〇三条一項に違反した違法のものというべきであり、従つて本件勾留請求はその余の点について判断するまでもなく却下を免れない。

そこで主文のとおり裁判する。

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